≪織物の街 浜松との出会い≫

 

私が生まれ育った北海道の釧路は寒さで綿が育たない土地柄です。それで「織物」という文化や産業に触れる機会のない環境で育ちました。

結婚を機に浜松に来たのは20代前半、もう30年ほど前になります。当時、散歩をしていると近所の工場から「ガシャンガシャン」という音が響いていたり、空き地に色付いた糸の束が竿に並んで干されていたり。それでもそれが「織物の産地」の風景と結び付けられないくらい無知だった私は「これはいったい何だろう?」それが「織物の街 浜松」との最初の出会いでした。

 

≪忘れられないエピソード≫

 

子供が生まれて「ソーイングライフ」を嬉々として楽しみはじめた私には忘れられないエピソードがあります。地域の廃品回収に参加していたときのこと。回収場所の片隅に紐で括られた生地の束が4束置かれていたのです。「え?」それが此処におかれているのかすぐには理解できませんでした。なぜなら束ねられている生地はとても綺麗で「はぎれ」とはいいにくい大きさでした。しかも厚手のものから薄手のもの、色柄もバリエーション豊富なラインナップ。生地はお金を出して買うことが「当たり前」の環境で育った私にとって、そんな生地の束が廃品回収に出されているだなんて、それは不思議なことでしかなかったのです。いろいろな思いを駆け巡らせた私は周りをキョロキョロ(笑)そ~っと三束家に持ち帰り、子供の服や自分のエプロンなどにして、日常アイテムに作り替えていきました。それがどの生地も縫いやすく、肌触りがよく、「どうして浜松はこんないい生地が安く売られたり、捨てられたりしているんだろう?」ますます疑問は深まりました。

 

≪織物の街浜松の魅力≫

 

子育てが一段落した私は、オリジナルブランド「DM.Sae(ディーエム さえ) 」をスタートさせました。以来、遠州織物に関わる職人さんや事業者の皆さまと出会いながら、これまで感じてきた「浜松ってどんな所?」という疑問符を紐解くたくさんんのご縁に恵まれることが出来ました。浜松は綿織物の産地であること。それは世界各国からバイヤーが訪れ買い付けに来る品質を誇っていること。‶モノ作りの街″浜松はこの「繊維産業」が礎になっていること。しかし一方、現在では「斜陽産業」になりつつあること。そして三ケ日町の岡本にある「初生衣神社」との出会いはまさに歴史ロマンでした。日本書紀にも役職がある「神服部」一族と繋がりながら「織姫様」を祭り、「おんぞ祭り」「おんぞ御用太一 奉献団」を今に引き継ぐ由緒深い織物の神社。そんな神社と繋がっている「織物の街浜松」の歴史は、五十年・百年の歴史から更に遡る悠久の時の流れで紡ぎ続けられたものだったこと知りました。織物にまつわる遠州の奥行の広さには今も圧倒される思いがあります。

 

 

≪はままつシャツとして≫

 

 服の作り手の端くれの一人として、「衣食住」の最初に「衣」が来ることの意味をよく考えています。個人的には「我が我で在る」というアイデンティティツールとして「衣」があるのではないかと考えています。けれど「ファストファッション」という言葉に代表されるように「アイデンティティ」としての「衣」の価値が崩れつつある時代になってきました。ほんの少し前、昭和30年40年代頃まで家庭や地元の洋裁店など身近なところで縫われてきた服は、今は「買う」ことが当たり前の世の中です。服を作る機会それを見る機会もないので「服作りは難しい」と言われてしまいます。でも、世界品質を誇る遠州織物で「もし」自分の服を作れたら、日常が「安心して」「心地よく」過ごせる、そんな風に感じませんか?そして素材を通して地元の文化や歴史をも知れるのは「豊か」なことだとは思いませんか?そんな思いで2018年「はままつシャツ」では四角いシャツ「ちくちく出張講座」を開催する運びとなりました。

 

≪遠州織物 人物探訪≫

 

とても有難いことに、今年は6人の方を取材させて頂く機会に恵まれました。今回ご協力くださった皆様は、はままつシャツの活動の中であるいは作家DM.Saeとしてお世話になった方々です。この取材を通して私が改めて感じたのは ‶もの″を生み出す側に立つ人としての「気概」と妥協しない「プライド」でした。他人に染まらず自分の世界を追求し続ける皆さんのお話を伺っていると、頭に思い浮かぶのは5月の空に上がる祭りの「凧」や「練り」の風景だったりしたことに、自分でも驚いています。そして「織物は此処にある土地の文化そのものだなぁ」改めて感じています。

 

お忙しいところ、今回取材にご協力くださ6人の皆様へ、この場をお借りして改めて感謝申し上げます。そして此処にあるいくつかの物語が、それをご覧いただいた多くの皆さまの日常を支える「衣」の素材として「安心」と「心地よさ」と「豊かさ」を育むきっかけになると嬉しく思います。

 

 

はままつシャツ代表 水野さえ子

 


プロフィール

はままつシャツ 代表 水野さえ子  (オリジナルブランド DM.Sae主宰 https://www.dm-sae.jp/ 

 

北海道釧路市生まれ 浜松市在住

元 幼稚園教諭 

 

長女のおしめ縫いをきっかけにミシンを踏み始め、以来娘二人の洋服つくりに没頭

次女の小学校入学を待って 地元の洋裁学校へ入学

卒業後は名古屋へ通い縫製技術を習得

浜松の地元シンガーに衣装提供

 

2007年  一般のお客様にも楽しんで着てもらえる「衣装のような服つくり」を目指し

遠州綿紬のオリジナルシャツのオーダーを受ける受注体制にてDM.Saeをスタート

 

2007年 マインシュロス 三人展

           

2012年 はままつシャツ部立ち上げ 以降「遠州織物」に特化した作品作り・商品作りを始める。

2013年 山梨県 ギャラリー 森のあかり 展示販売会

2014年 はままつシャツ東京谷中展示販売会 参加

2015年 DM.Sae(ディーエム さえ) ギャラリー&工房  Open

 

2016年 東京谷中にある「藍と絹のギャラリー」工房徳元様にてお取り扱いスタート

住所 〒110-0001  東京都台東区谷中6-4-6シティコーポ谷中1F http://tokugen.co.jp/index.html

 

2017年 1月 高知県高知市ギャラリー太郎冠者様にて展示会

      12月 はままつシャツ部解散

 

2018年 新生 はままつシャツスタート

      2月 東京久我山ギャラリー藍様にて展示会 

      現在に至る


Any【まちなかストーリー】ーはままつ染め織りマーケット座談会ー

https://www.any-h.jp/blog/detail/333

 

https://www.any-h.jp/blog/detail/338

 

https://www.any-h.jp/blog/detail/341